River life textile

日々の出来事を通して、和歌山染工の魅力をブログ形式で毎日発信しています。
2016年5月10日
ペンギン

スイスイ

 

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泳ぐ

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ペンギンは

 

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まるで
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鳥のよう。
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これが

タテスクロールじゃなくて、

ヨコスクロールだったら、

泳ぐ感じが伝わりそう。

 

人になにかを伝えるのは難しいけど、

問題は、なにを描くかではなくて、

一つ前の気持ちのところにある。

 

壮快に泳ぐペンギンを見たときに、

私がどれだけ感動出来ていたかどうか。

感じることが先。

かたちは、あと。

最初の思いさえしっかりしていれば、

形や行動は何度でも修正できる。

どうもしっくりこないときは、

勇気を持って立ち止まり、

白紙に戻してイチから考えなおす。

最初の思いさえあれば、必ず大丈夫。

そう信じて、

今日もペンギンを書き直す。

2016年4月20日
試合

 

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筋トレに、365日水族館スケッチを始めたものの、

すぐに本番にむけた作業が続きっぱなしで、

筋トレをさぼり、

まさに試合中といった状態です。

まだ試合ははじまったばかりです。

 

試合といえば、高校のとき

私はいつも試合に勝てなくて、

負けグセがついた私は、いつも自信がなくて、

試合で自分の力を出し切るということが出来なかった。

目の前の失点に心をとらわれ、

集中力をなくし、

本気で試合をしないことでごまかしていた。

自分の実力を目の当たりにするのが

怖かったのだと思う。

 

今回の試合では、

試合にちゃんと向き合って、

自分の実力を目の当たりすることを

受け入れようと思う。

2016年4月7日
わからないことをやるとき

 

1

 

 

昔やってた、毎日1枚、ぬぐいのデザインスケッチ。

その日考えたことを、そのまんま絵にするだけ。

しかも10秒くらいでささっと描く。

デザインを仕事にすると決めていたけど

なにをしていいかわからなかったから、

出来ることからはじめてみた。

 

やったことないことをやるときは、

わからないのはあたりまえ。

わからなくても、やりたいのか、

わからないから、やらないのか。

なんで、そうまでして、

やったことないことをやろうとしているのか、

本当はなにがしたいからそれをするのかを、

自分に根気よく、

何度も何度も、聞いてみるしかない。

 

そのあと、何をやるか決める。

それを自分で決めなかったら、誰かのせいにできる。

失敗した原因も、次になにをすればいいのかも

見えてこない。

また違う人に頼って、

違う人のせいにする。

 

わかる人になんでも聞いてばかりじゃいけない。

まず、自分で考える。

わからなくても。

はじめてでも。

やったことなくても。

自分はどう感じるのか、

自分はどうしたいのか、なら

誰だって考えることができる。

できるできないは、ヨコにおいといて。

人に決めてもらうことばかりで、

決める責任から逃げていてはいけない。

 

昔のスケッチをやってたときも、

できてる、できてない、ではなくて 、

自分のためになると思って

自分が決めたから、やっただけ。

ぜんぜんデザインになってないし、

絵とも呼べないくらいの雑さでびっくりするけど、

自分で決めてやったこのスケッチは、

自分にとっては、

大切なヒントがたくさんつまっていて、

たくさんの可能性を秘めた宝物になっている。

 

 

2016年3月10日
ことばのちから

まさおの絵手紙

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「ま」は、まさおの「ま」。

まさおは、先月亡くなった私の父の名前です。

習い事してた絵手紙のファイルを

さいきん発見しました。

 

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これは、ことばがないと何の絵がわからない。

けど、ことばが入ると、

風になった葉に思いをめぐらす感覚や、

枯れ木にとどまる葉の強さとさみしさが、

一気につたわってくる。

 

 

3

 

 

さっきとはちがうテイスト。

まさおの字は汚すぎて読めないはずなのに、

これ読める。

ちがう人がかいたのかな?

と思わせるくらい

知らなかった心の一面を見れた感覚になる。

(ほんとうにちがう人が書いたかもしれないけど・・)

 

絵には絵の、

ことばにはことばの、

出せる力があるのだなと、

心に染み入るように

理解しました。

 

 

2016年3月4日
布をつくる仕事

かりんジュース

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この柄は、ある会社で飲んだ

カリンジュースがとても美味しいなと思って、できた柄です。

これをコースターに縫製し、この会社の方に

感謝の気持ちをこめてプレゼントしました。

 

が・・・

 

その会社の飲み物がモチーフだったとしても、

作ってみてと言われたわけじゃないし、

コースターがほしいと言っていた訳ではないし、むしろ

あれもらっても使えなかっただろうなあ・・・と、

この柄もはじめて会社でプリントしてもらって、

嬉しすぎて、そのとき好きだった人に

頼まれてもないのに、あげていたなあ・・・と、

自分が楽しいことしか考えてなかったなあとおもいます。

これも大事なことでもあって、

まずは自分が楽しみ、

自分がイイ!

と思うことはとっても大切なのですが、

その上で、他人の役にたち、

喜んでくれなければ仕事として成立しません。

 

このときこの会社がコースターがなくて困っていたなら、

ほんとうに使えるものであれば、

その会社の役に立ったことになります。

 

 

「布をつくる仕事のよろこび」

っていうのは、

このとき自分が楽しんでやっていたこと

(作ったり、あげたり)を、

買ってもらった人に

楽しんでもらうことじゃないのかなと、

自然に思うようになりました。

 

服や、かばんや、寝具や、家庭での手作り、

生地を使って何かを作る人の、

創作意欲をいかにかきたてられるか。

どういう布があればそういう気持ちになるのか。

この楽しみを提供できた分だけ、

お金がもらえて仕事として成立するのだと思います。

 

できた布が自分の子供だとしたら、

親の勝手な理想をおしつけるのではなく、

子供がきめた将来の夢に対して、

精一杯応援してあげること、

みたいなかんじです。

 

私がそういう親に育てられたから

こう思うのかもしれませんが、

私はこの考えが気に入っています。